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ラベル ラジオ会館 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2014年7月30日水曜日

必見!秋葉原「ラジオ会館」のフロア・マップ

建て替えのため、閉館していた「秋葉原ラジオ会館」が7月20日にリニューアルオープンした。

秋葉原ラジオ会館は、1950年に木造2階建ての店舗として開業して以来、ビルの増改築などを経て、秋葉原ラジオ会館本館が完成したが、建物の老朽化により三年前に閉館していた。

新しいビルのフロア構成は地上10階、地下2階、塔屋2階で、テナントは1~10階と地下1階の11フロアに入店。テナントの多くはアニメやホビー系ショップだが、電子部品やコンビニ、地下には飲食店として銀座ライオンが開店した。

また、駅前のシンボル的な存在だった「世界のラジオ会館 秋葉原」という、あのど派手な看板も復活した。(各フロアの図は、クリックすると拡大できる)









10Fは、オフィス・スペースと倉庫およびイベント・スペースのため省略

2014年7月14日月曜日

秋葉原ラジオ会館が7月20日に再オープン、アニメ・ホビー系店舗が多い、

久しぶりに秋葉原へ出掛けた。
最近は、総合家電の大型店へ直行し店内を一周することで用事が済んでしまうが、改札口から中央通りへ向かった。
直ぐに目に入るのが、今も昔も変わること無い、秋葉原ラジオ会館だ。
そのラジオ会館だが、老朽化によるビル建て替えのため、取り壊し立て直しの工事が行われていた。この週末現在だが、オープン日が決定、7月20日(日)10時にリニューアルオープンとなるようだ。

秋葉原駅前 リニューアルした ラジオ会館

この秋葉原ラジオ会館は、1950年に開業したと聞くが、その後の増改築などを経て、秋葉原ラジオ会館本館が完成したが、建物の老朽化により、三年前に閉館し、取り壊しと再建工事が為されていた。

新しいビルは地上10階、地下2階で、テナントの多くはアニメやホビー系ショップだが、電子部品や飲食店、コンビニエンスストアなども入店予定らしい。

既に外側から見る限りは、完成していて、「世界のラジオ会館秋葉原」と言うど派手な看板は完成し、一週間後の新装開店が、いまこの時から待たれる。

2008年5月10日土曜日

NECの「Bit-INN東京」があった秋葉原の「ラジオ会館」の変わり様は

1970年代から90年頃まで、いわゆるバブル期に成熟商品になったFMチューナーやアンプ、カセットデッキ、CDプレーヤーなど、かっての中古システムコンポをチューンナップして販売している店が秋葉原にあります。
数年前に施行された電気用品安全法(PSE法)に抵触すると、中古AV機器などの販売が問題視され、一時的に経営危機に陥った、ここのお店がマスコミに紹介されもしました。その後、紆余曲折を経て、結果的には、ビンテージ商品の再販に道筋が付き今も営業を続けています。

ラジオ会館は日本のパソコン発祥の地

久しぶりにその店を秋葉原駅前のラジオ会館に訪れたところ、四階から五階に移転していました。しかし、残念な事に火曜と金曜日が定休日でガッカリ。
余談ですが、アキバの電気街は昔々から木曜日が定休日でしたが、時が移り今は、昔からの営業形態を踏襲する一部の電子電機パーツ店だけになり、多くは年中無休になりました。

アキバ系ご御用達の店へ変貌?
それにしても、久々、このラジオ会館(通称ラジカン)に行ってビックリしたのはテナントの様変わりでした。
昔から営業していて店名をよく覚えていたのは、プロユースのマイク、コネクタ、PA機器のトモカ、中古オーディオの清進商会、真空管オーディオ、アクセサリのキムラ無線くらい。日本電気の「BIT-INN東京」は既に撤退、日本電気の大手代理店FIRST POINTも移転していました。

入れ替わってテナントになったのは、俗にアキバ系と呼ばれる方々が、ご御用達とするカラフルで派手派手しいお店です。
この現状を見れば「ラジオ会館」とは名ばかりの存在になっていると思わざるにはいられません。

昔を思い起こせば、「ラジオ会館」は日本のパソコン発祥の地です。日本電気(NEC)のコミュニケーションサロンとしての "BIT-INN東京" は (日本のマイコンブームの火付け役となった "TK-80" が登場した) 1976年に開設され、その後、NEC初代のパソコン PC-8001が発売された頃から店舗が拡張され七階の半分くらいのスペースを占有していました。

TK-80→TK-80BS→PC-8001という "マイコン" から "パソコン" に移り変わる時期に "BIT-INN東京" は貴重な情報の発信基地であり、アキバでのNECファンにとっての聖地ともいえる特別な場所で、私も足繁く通いました。

その後、日本電気に続いて、日立製作所、東芝、三菱電機、富士通などが、相次いでパソコンの販売拠点、ショールームを開設し、日本に於けるパソコン普及の原点になりました。

それから四半世紀にわたりパソコンの啓蒙活動を展開してきた 日本電気は、その使命を果たした?として、この地を離れました。それに呼応してか?多くのパソコンメーカーや電器商が撤退し、変わって、アニメやコミックブック店、模型店などが相次いでオープンし客層が変化しています。

もはや、ここは、パソコンオタクや元ラジオ少年が足を踏み入れづらい場所になり、歴史も由緒もある「ラジオ会館」は "庇を貸して母屋を取られる" の例えの如く、名ばかりのビルになる日もそう遠くないと思われます。