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2016年8月8日月曜日

LAFAYETTE はトリオの対米ブランドでは無い、

昨今は見聞きしない、この LAFAYETTEだが、年配のアマチュア無線家には聞き覚えがあるかも知れない。
トリオの通信型受信機 9R-4あたりから JR-300S頃まで、この LAFAYETTE社が、アメリカ国内で販売していた。
しかも、通信型受信機ばかりでなく、トリオの FMチューナーやアンプ、ステレオレシーバーなども相手方ブランド、いわゆる OEMで製品を提供していた。
この時代は、日本を含む東南アジア系の数多くの会社が LAFAYETTE社とOEM契約をしていた。
当時のトリオも、アメリカに自前の販売会社を持たなかったため OEMビジネスをしていた訳だ。

TRIOのVFO-2、右はLafayetteのHE-89
因みに、LAFAYETTEでの型番の一例だが、
 HE-10 (9R-4J)
 HE-30 (9R-59)
 HE-80 (JR-60)
 HA-63 (JR-200)
 HA-350 (JR-300S)
 HE-74 (VFO-1)
 HE-89 (VFO-2) 右の画像

時が移り、1961年、トリオは北米進出の足掛かりとなる KENWOOD ELECTRONICS Inc. をアメリカ西海岸に設立した。
1963年、全半導体化したステレオレシーバー KT-10をKENWOODブランドで発売するに至り、OEMビジネスは順次縮小し、数年後には打ち切られた。

以後、国内は TRIO、海外では KENWOODのブランドを使い分けることになった。
1986年、社名を株式会社ケンウッドに変更するに伴い、新ロゴの KENWOODを統一ブランドとした。

余談だが、
未だに、LAFAYETTEをトリオの対米ブランドと思い込んでいる御仁が居られて、苦笑するばかりだ。

2016年8月6日土曜日

春日無線工業製の 6R-4Sの "S" は何を意味するのか?

春日無線工業(後のケンウッド)製の通信型受信機 6R-4Sだが、6 は真空管が六本、R は Receiver(受信機)、4 は四バンドと理解できるが、サフィックスの "S" は何を意味するのか?

TRIO Amateur Radio Receiver 6R-4S

この後に出た 9R-4は正しく、それで解釈できるし、それに続く後継機も 9R-59Dまで、何となくネーミングが理解できる。

その後、サフィックスに "S" が付く製品は、暫く途絶えていたが、9R-59DSで復活し、同時期の SSB受信機 JR-300Sも、この例に倣った。以後、TX-388Sや JR-500S、TX-20S/15S/10Sなどが続いた。

どうやら、SSB対応機には末尾に "S" を付けたらしいことがわかった。

では、 6R-4Sの場合は、どの様に解釈するのか?
当時のカタログの記述から読み取ると、セミキットで発売したとあるが、自作出来ない人や急ぐ人には完成品も用意するとあった。
このことから、SemiKit(セミキット)を意識して型番のサフィックスに "S" を付けたようだ。

最近のネット検索の結果では、製品に同梱された実体配線図には 6R-4Sとあり、回路図には 6R-4とありどっち付かずで、本当のことは分からないが、多くの画像で型番は 6R-4Sとシッカリ読み取れる。
今にして思えば、型番が 6R-4であれば、9R-4とのシリーズ化の意図は納得出来そうだ。

その後、6R-4Sは、その型番を以下の様に分類して受注したようだ。
 6R-4SA:球無しセミキッ 10,500円
 6R-4SB:完成品 17,550円
 6R-4SC:球無しオールキット 15,200円

A, B, C は社内呼称で、製品パネルには表示されないルールとしたようだ。
6R-4Sは、春日無線工業が手掛けた初の製品だけに、ルールが後追いしたのではないかと思われる。

蛇足だが、
その後、SSBの時代になり、その "S" は、製品ランクの区別に用いられる事になった。

2016年8月5日金曜日

9R-4/ 9R-42と同世代のトリオのオーディオ製品とは

通信型受信機 9R-4や 9R-42を立て続けに製品化していた春日無線工業(後のケンウッド)だが、時を同じくして、将来の経営の柱になる FMチューナーやアンプ、ステレオレシーバーなど、いわゆるオーディオ事業に参入し始めた。
昭和30年代の前半のことで、具体的には、どの様な製品を世に出したのか?分からないでいたが、たまたま、古い資料を整理していて、当時のカタログの様なモノを見つけ出した。
以下だが、型番からして、若く、正しくトリオのオーディオの原点になった製品のようだ。

上から順に、
Model HF-1 可変帯域HiFiラジオチューナー 完成品 8,330円、球無しキット 5,460円
Model HF-2 HiFiラジオチューナー付プリアンプ 完成品 14,700円、球無しキット 8,600円
Model HF-3 13W 6V6pp メインアンプ 完成品 17,500円、球無し完成品 14,420円



上から順に、
Model HF-6P プリアンプチューナー 完成品 15,400円
Model HF-8PM トライアンプ 完成品 29,800円
5M-2 2バンドホームラジオ 価格不詳



他にも以下の型番の製品があるのを確認したが、立て続けに商品化を進めていたことが窺い知れる。

Model HF-5 プリアンプチューナー
Model HF-6 HiFiアンプ
Model HF-7 HiFiアンプ

これまでのアマチュア無線用の通信型受信機の開発スピードに比べ、一気に、これだけのオーディオ製品を商品化していることは、今にして思えば驚きだ。

蛇足だが、
型番のプリフィックス、HF は High Fidelity(高忠実度、高再現性)を意味してのことかも知れない。

追記
ヤフオクで、HF-1を見つけ削除される前にダウンロードさせて貰った。
外観は痛みが激しかったが、画像処理アプリ Adobeの Photoshopを用い、私なりにレタッチして本体だけをクロップした。
ツマミがカタログとは異なるが、本来の姿を窺い知れる状態に安堵した。これが、トリオが世に出した最初のオーディオ製品なのだろう。
TRIO AM Tuner  Model HF-1 

2016年8月4日木曜日

トリオの並四や高一の初版日付に意義あり

トリオのコイルに同梱されるデータシート、いわゆる製品の説明書の日付が実体を表しておらず、その多くが、1950年代半ば、春日無線工業時代の初版日付になっている。
しかし、結論から先に言えば、現存する多くが、トリオ株式会社時代の改訂版なのだ。

以下は、私物の「並四」と「高一」の説明書を重ねてスキャンした。いずれも、説明書の右上の部分だ。


「高一」の部分を見ると、
1954年9月2日初版発行、その下へ「トリオ株式会社」「トリオ商事株式会社」と並ぶ。
「並四」は 1957年1月10日初版発行とある。

一番上、英文社名の「TRIO CORPORATION」がスミ帯に、抜き文字でシッカリと見える。
つまり、この説明書を同梱した製品は少なくとも トリオ株式会社へ社名変更した1960年以降の出荷であることが分かる。

どうして、そんなことになったのか?
恐らく、紙面のスペースが足りず、改訂日付を意図的に?省き、改訂が有っても改訂日付を残すことがなかった。
それにより、実体は改訂版だが、初版日付だけが最後まで独り歩きしてしまったようだ。

1960年、春日無線工業株式会社からトリオ株式会社への社名変更でも、説明書の社名部分の差し替えだけでお茶を濁してしまった。

それ故、現存する多くの説明書は、日付だけは春日無線工業株式会社の時代で、現実は、トリオ株式会社時代の改訂版が殆どだ。
この手の蒐集家とっては、「初版」などとあると、内心ではニンマリだが事実は丸で違う。

一番上に、「TRIO」ロゴと英文社名の「TRIO CORPORATION」がキッチリと表示されているので、目敏い人は、直ぐに、その辺の事情を察するはずだ。

蛇足ながら、
私物の並四は 1957年、高一は 1954年が初版日付だ。
しかし、これらは、創業して間も無く市場に出ているはずだから、それより前の日付の物があって良さそうだが、いま以て確認出来ていないのが不思議と言えば不思議だ。

2016年8月3日水曜日

トリオ製のテレビジョン受像機

これは、昭和30年前後、東京都大田区雪ヶ谷町に在った、春日無線工業東京研究所(後のケンウッド)の時代に発行していた、トリオラジオクラブの季刊誌「TRIO RADIO CLUB」の第12号だ。

年会費 100円で会員を募り、ラジオや電蓄、アンプなどの製作記事、アマチュア無線の解説、 短波放送の受信のための記事、サービス情報、質疑応答、会員の便りなどを一冊にまとめ、年四回、会員宛てに郵送していた。主筆は、春日二郎であり、その他、数名の技術者が執筆していたようだ。


この第12号は、1956年(昭和31年)3月発行で、目次には、
シャックめぐり、
メインアンプ HF-3について、
サービスメモ、
Hi-Fiラジオの製作、
読者のページ、
オシロスコープの扱い方、
インターバルシグナル、とあり、いずれも、広義でのラジオ少年向けに違いない。

今回、これを取り上げたのは、表紙にテレビジョン受像機「14T15」の写真が付いていることだ。

日本でのテレビ放送は、既に三年前に本放送が始まっていたが、トリオがテレビジョン受像機を独自に研究開発していたことを、これで初めて知った。

今から六十年も前、アマチュア無線用の通信型受信機 9R-4とか 9R-42が世に出た時代と重なる。それから五年くらい後に、我が家にも、やっと来た 14型ブラウン管式のテレビに似ていて暫く見入ってしまった。

同じ時期に、同業の富士製作所(スター)もテレビジョン受像機のキットを販売することで準備していて、そのカタログも探せばある?だろう。
大手の家電メーカーは、こぞってテレビ市場へ参入していた時期だったが、中小メーカーは、そんな流れに翻弄され、淘汰されていった。

結果的に、トリオのテレビ市場への参入はお蔵入りになり、忘れ去れてしまった。やはり、オーディオ専業メーカーとして、生きる道を選択したものと思われる。

余談だが、トリオのテレビ受像機は1955年の発売で、国産初のテレビはシャープ製で1953年発売されたらしく出遅れ感は否めない。

2016年8月2日火曜日

春日無線のアマチュア無線用送信機の第一号は?

トリオ(後のケンウッド)のアマチュア無線用の送信機で、最初に製品化されたモデルを知っている人は、恐らく少ないと思う。9R-59と TX-88Aを使っていた世代でも、今となっては、その前身の「TX-88」と記憶しているかも知れない。

A4版8ページのデーターシート
戦後再開されたアマチュア無線の黎明期に出て来たため、出荷台数も少なく、記憶に残らなかった?春日無線の第一号のアマチュア無線用の送信機は、文字通り 「TX-1」である。

手元の資料から、アマチュア無線用受信機 9R-4より半年くらい遅れて、1954年(昭和29年)後半か翌年に発売されたようだ。

まずは、セミキットで出荷された。
当時は、自作が当たり前の時代だったから、何の抵抗もなく市場から受け入れられたらしい。
主要部品がパネルやシャーシーに取付済みで、後は手元のパーツや足りない部品は秋葉原で買い求めて完成させた訳だ。

ただし、このセミキットは、無線電信用送信機の部分だけ。
無線電話用には別に変調機を自作することになる。しかも、電源も自作する必要があった。
セミキット以外の部分も半端で無く、完成までには大変な努力を要し、敷居の高かった製品でもある。

私自身も、それがどんな物なのか?現物を見たくて居たが、たまたま、遠方に住む友人との話の中で、彼のローカルに持っている人が居ることが判明した。
オーナーは、かなり先輩の方で、往時、セミキットから周辺装置まで自作した完成品を保管していることが分かった。

以下は、メール添付で送って頂いた画像だが、プライベートの部分の映り込みもあり、画像処理アプリ Adobeの Photoshopを用い、私なりにレタッチして本体だけをクロップしてある。

セミキットの部分は、上段、大きなダイヤルが二つある部分で、その上下の部分は自身が自作して、システムとして完成させている。
推定だが、このシステム一式の幅は 450mm、高さは 900mm、重量は不詳。

因みに、このセミキットは、球無しで 16,700円(大卒の初任給に相当)と価格表にある。

上段がアンテナ整合機、その下が TX-1部分、更に下が変調機/電源、一番下が主電源

回路構成は、6BA6(VFO)/6AR5(Xtal) - 6AR5(BUFF) - 807(FINAL)
送信周波数:3.5Mc & 7Mc。 出力;10 - 20W。 発振:VFO or Xtal。
変調:P & SG同時変調

トリオ、なぜ 9R-4J/42Jは誕生したのか?

戦後五年を経過して、1950年(昭和25年)に電波法が施行され、翌年からアマチュア無線技士の国家試験が開始、更に翌年、アマチュア無線局の免許申請も受付が始まった。

それを待っていたかのように、1952年、春日無線(後のケンウッド)は五球スーパーに BFOと ANLの回路を付加した受信機 6R-4Sを発売した。(BFOと ANLが無ければタダのラジオだが) 外観も含め、一応、通信型受信機と呼べる物だった。


見た目は、アメリカの通信機メーカー Hallicrafters社の S-38と言う通信型受信機にソックリ、今風に言えば、パクリその物だった。
戦後間もない頃で、アメリカの事情には疎く、並四や高一ラジオに見飽きていた人々には、斬新ささえ感じたようだ。

この 6R-4Sから二年が経った1954年に、トリオの通信型受信機の礎となる 9R-4が発売になった。と、同時にアマチュア無線用に特化した 9R-42もラインナップされた。
高周波一段中間周波二段、いわゆる「高一中二」と呼ばれ、この当時の通信型受信機の完成型と言っても過言では無い。

それから四年が経った1958年、
型番の末尾に "J" を付け足した 9R-4Jと 9R-42Jが登場した。
フロントパネルを見ると直ぐに気付くが、CW/SSB受信用にBFOのピッチコントロールのツマミが新たに追加された。それ以外に電源部も見直された。
では何故 "J"なのか、いま以て分からないでいたが、ネット検索での結果、アマチュア無線雑誌 CQ ham radio(1959年4月号)で、設計に携わった横山耕三(JA1SR)が執筆したトリオ9R-4J紹介の記事(9R4と9R4Jはどうちがうのか)に、”J”はJuniorに通じるとあり、これが型番の末尾の”J”の由縁と理解した。

外観を見比べるとよく似ているが、内部を覗いて誰もが納得した。

9R-4 と9R-42の真空管
6BD6(RF) - 6BE6(MIX) - 6SK7(IF) - 6SK7(IF) - 6SQ7(AF) - 6V6(PA)
6BE6(OSC), 6SN7(BFO/ANL) & 5Y3(RECT)

アンダーラインはGT管、その他はMT管

9R-4Jと 9R-42Jの真空管
6BD6(RF) - 6BE6(MIX) - 6BD6(IF) - 6BD6(IF) - 6AV6(AF) - 6AR5(PA)
6BE6(OSC), 6AV6(BFO/ANL) & 5Y3(RECT)

何が変わったのか?
9R-4 と9R-42に採用された真空管は、MT管と GT管の混在だった。
それが、9R-4Jと 9R-42Jでは一目瞭然、整流管の 5Y3を除き、残り全てが MT管に入れ替わっていた。

では、何故に、MT管と GT管の混在だったのか?
往時、その事情に通じた人から聞いた話だが、MT管の調達コストが高かった為だと言う。

その後、五球スーパーが一般家庭に普及しはじめ、MT管の価格も大量生産で下がり始めた。

それと時期を同じくして、春日無線は、将来の経営の柱となる、FMチューナーやアンプ、ステレオレシーバーなど、いわゆるオーディオ市場へ参入した。

当然、MT管の調達数は、アマチュア無線機の必要数よりゼロが一桁多く、必然的に調達コストは大幅に安くなった。
そうなれば、GT管を使うコストメリットは全く無しとの判断に至り、5Y3以外は、MT管へ総取っ替えになった。真空管の良いところは、同等管との差し替えであれば、回路定数の変更も殆ど必要無く、置き換えられることだ。

言ってみれば、このモデルチェンジ、
ただただ、メーカーのご都合によるもので、ユーザーは惑わされただけかもしれない?

蛇足ながら、
それから二年後、更に 9R-59へモデルチェンジしたが、6BD6を 6BA6に、6AR5を 6AQ5に差し替えた以外、真空管のラインアップは、そのまま踏襲された。
最後まで居残った GT管の 5Y3は、9R-59Dで、やっと半導体に置き換えられ、お役御免になった。

2016年7月31日日曜日

トリオに漁業用受信機が有った

古いトリオの総合カタログに、見知らぬ 漁業用受信機「F-62」が載っているのに気付いた。
以下は、そのページの部分的コピーだ。


何故に「F-62」なのか?それまでのトリオの型番の体系では推しがたい。アマチュア無線用の 9R-4より少し後に、漁業用受信機として製造販売したらしい。

それも、陸から近い沿岸漁業の漁船向けだ。
それ故、短波放送で知られる九メガ台とか、それ以上の周波数では電波がスキップしまい、近距離の通信に適さない。それで、中短波の四メガ以下とか八メガ以下の漁業バンド用の受信に適した仕様にした。

高周波一段中間周波二段、AF二段の構成で、中波と短波(3.5-10Mc)の二バンドと立派だ。
GT管が六本。電源は 24Vの DC専用で、ロータリーコンバーターかバイブレータを用いた船舶用ならではの仕様である。大揺れする船内に取り付けるため、通常の脚ではなく、アングルのような脚で船体の一部に直付けした。

受信機は、それぞれの漁船に付けられ、送信機は船団の一、二隻にのみ付けていたようだ。
勿論、送信機の操作には無線従事者の免許資格が必要だ。

通常は、漁業基地の固定局、つまり海岸局との交信を行う。
他の船は、その交信を傍受し、航路のこと、漁場のこと、気象のことなど、航海に必要な情報を得ることができたようだ。

因みに、この F-62は 38,500円、6R-4Sは 17,550円、 9R-4は 32,000円とカタログにある。
この漁業用受信機に付いて後継が無く、恐らく 6R-4Sや 9R-4へ引き継がれたようだ。

トリオ、今でも実用になる鉱石ラジオ

このイラストに記憶のある方々は、かって、紛れもなく、ラジオ少年だった証しだ。
昔の資料を整理して居る最中に出て来たトリオのコイルの説明書、「並四」の裏表紙に、このイラストはある。


春日無線(トリオ)の並四コイルに、片岡電気(アルプス)のバリコン B-15、狐崎電機(FOXTON)の鉱石検波器と揃えば、このラジオが難無く完成した訳だ。

今では、入手が難しい?鉱石検波器をゲルマニュームダイオードに置き換えれば、このまま AMの放送を聴けるのが凄い。

何十年も前の事が、いまこの場で、全く同じに再現できてしまうなんて、そうザラには無い。

しかも、電池が不要で、思いのほか実用的だが、これで、小一時間も真剣に放送を聴こう何て気分には到底ならない。

今どき「鉱石ラジオ」なんて言われても、若い世代にはチンプンカンプンだろう。
それこそ、二十世紀の遺物?に等しいが、現世に於いては、省エネの見本その物だから、ひとつぐらいは手元に有って良いかも知れない。

2016年7月30日土曜日

春日無線工業の「TRIO」ロゴだが、

ケンウッドの、その昔のロゴを知っている人は多いと思う。
それは、多くの場合、トリオ株式会社時代の Times系のロゴ、「TRIO」だと思う。
それ以前の春日無線工業株式会社時代のロゴも、おなじ TRIO だが、形が丸で違う。

今ではお目に掛かる事も無いが、9R-59や TX-88Aより前の製品が掲載されているカタログでは、この時代のロゴを付けた製品が見られるだろう。
具体的には、以下の様なモノだ。


ハッキリ言って、ダサい。
ロゴと言うことで、デザイン的に独自性を出したくて、こんな横棒?を付けたのかも知れないが、センスの無さを露呈している?

今さらに確認してみると、9R-59の初版のカタログの写真では旧TRIOロゴが付いた製品で撮られているし、製品添付の取扱説明書の表紙も旧TRIOロゴだ。

9R-59は、春日無線工業株式会社からトリオ株式会社へ社名変更する時期に重なって出て来たので、この様になっているが、暫時、修正されていったようだ。

インターネットで、この 9R-59の画像検索をすると、旧TRIOロゴの製品画像が予想外に多くヒットして、今さらに驚いた。
それ故、9R-59は、旧TRIOロゴを付けた物が、かなり生産されたのではないか?と推測する。なお、相方の TX-88Aは、少し遅れて出て来たので、最初から新TRIOロゴであり、混乱は無かったようだ。

JVCケンウッドに社名変更しても、KENWOODロゴは引き続き使用されている。

なお、英文表記の社名は以下の様なものが使われている。

有限会社春日無線電機商会/春日無線工業株式会社
KASUGA MUSEN KOGYO CO., LTD
KASUGA RADIO CO., LTD


トリオ株式会社
TRIO CORPORATION
TRIO RADIO CO., LTD
TRIO ELECTRONICS INC
TRIO KENWOOD CORPORATION

株式会社ケンウッド
KENWOOD CORPORATION

2016年7月29日金曜日

7月29日は「アマチュア無線の日」だ

1941年(昭和16年)、太平洋戦争の勃発と共に閉局を余儀なくされた日本のアマチュア無線局だが、終戦後七年を経た、1952年(昭和27年)に、その運用再開が認められた。
(64年前の)同年7月29日、全国の30局に予備免許が発給され、戦後の日本に於いて、アマチュア無線が正式に再開された。

1973年、日本アマチュア無線連盟(JARL)は、この日を「アマチュア無線の日」として制定したが、格別に行事などは無い。

6R-4Sの取扱説明書の表紙の一部分

また、春日無線工業(後のKENWOOD)は、この時期に合わせるように、トリオ初の通信型受信機 6R-4Sをセミキットとして発売した。これが、後のトリオのアマチュア無線事業の確固たる礎を築いた最初の製品として特記される。

2016年7月28日木曜日

トリオのアマチュア無線機の出荷形態だが、

トリオのアマチュア無線機は、電話級・電信級アマチュア無線技士が誕生した1959年(昭和34年)頃を境に出荷が急増した。
当時は、キット・ビジネスが盛んになった時代でもあり、アマチュア無線機も例外なく、完成品とキット製品の両方が出荷された。

B があり完成品だ
トリオの場合、元箱は一貫して同じモノが使われた。
それ故、製品を段ボールケースへ収めてしまうと、完成品だかキット製品だか分からなくなってしまう。

社内は勿論のこと、販売店に至る迄、その区別を容易にする必要に迫られた。そこで出荷時に、一時期、段ボールケースの側面に、完成品には "B"、キット製品には "C"をゴム印で押印することになったと聞く。

それは、当時のカタログからも読み取れる。
引用すれば、以下の様だが、

9R-59 A セミキット(主要部品は全て取付済み。球無し、配線無し、CRや小物パーツ無し)
9R-59 B 完成品
9R-59 C 球無し、オールキット
9R-59 T 球付き、オールキット
9R-59 Y 球無し、配線済みキット

蛇足だが、「球無し」とは、全ての真空管を別途各自が買い揃えることの意味だ。
しかし、A, B, C以外は、実在したのか?記憶に無い。

スキルのあるラジオ少年の多かった時代だから、パーツも手持ちの物や秋葉原で買い揃える "A" が最初の頃は多かったようだ。勿論、主流は完成品の "B" だ。

アマチュア無線人口が増え始めると、"A" に代わり、オールキットの "C" が飛躍的に伸びた。全てのパーツが同梱され、大判の実体配線図も添付され、敷居が低くなったからだろう。

当時は、中古真空管のビジネスも盛んで、当然、新品より安く買えるので、球無しキットが持て囃された。極め付けは、球無し、配線済みキットで、動作しないから、ラジオとは認定されず、物品税が安かったのかも知れない?

今にして思えば、時代に即したビジネスモデルだったに違いない。

2016年7月27日水曜日

トリオの A1/A3時代の無線機だが、

これは、だいぶ前に親元で、虫干しを兼ねて押し入れを整理した時に撮っている。
デジカメのデータで確認すると、十年前の日付に我ながら驚いた。
それから今日までに、どの様に変わり果てたか?計り知れないが、来週には結論が出そうだ。
いずれも、トリオの半世紀も前のアマチュア無線機だ。


ここには写っていない、MW/SW通信型受信機(9R-59)と HF/50MHzマルチバンド送信機(TX-88A)を取りに行くことにしている。
9R-59
TX-88A
恐らく、元箱が無くて、ここに写っていないように思うが、お邪魔虫であることは確かだ。自分にとってはお宝?だが、身内の目ですら、厄介者で、タダのガラクタに過ぎないのだから・・・。

トリオの 9R-59キットのパーツ

下の二つは、トリオの半世紀も前の製品、MW/SW通信型受信機(9R-59)のキットに添付されたパーツ、 「9R-59 ''C'' KIT」と「9R-59 ''R'' KIT」だ。

台紙は、ほぼ A5サイズ

9R-59は完成品もあったが多くがキットだった。
キットは球無し、つまり、真空管は全て自分で買い揃える必要があった。主要パーツは既に取付済み、小物パーツと抵抗やコンデンサーと言った電子パーツは、台紙にズラリと取り付けてあった。

回路図を参照し、実体配線図を頼りに、この台紙からパーツを取り外し、所定の箇所へ取り付けて半田付けして行く訳だ。この作業に並行して、リード線を必要な長さにカットして、指定の箇所へ両端それぞれを絡げて半田付けする作業もある。
この台紙から全てのパーツが無くなれば、抵抗やコンデンサーの配線が終わったことを意味する。

全ての作業が終わったら、最終確認をして、真空管をソケットに差し込み、スイッチONとなる。実体配線図などがあるにしても、ずぶの素人には、キットとはいえ、やはり敷居は高い。

しかし、アマチュア無線を志す者、それ位のことは承知のはず。いわゆる、スキルのあるラジオ少年達が活躍の場を得ていたように思うし、その様な時代でもあった。

9R-59

2016年7月26日火曜日

トリオの 9R-59とTX-88Aの「ツマミ」

トリオの半世紀も前の製品だが、 MW/SW通信型受信機(9R-59)と HF/50MHzマルチバンド送信機(TX-88A)は、ある時から全ての「ツマミ」が変更されている。
今では、それに気付くことが無いかも知れないが、デザイン的には、かなり印象が違うように思う。

9R-59と TX-88Aが発売になって暫くは、黒色のツマミの前面にアルミ材のリングが付いていた。それが、いつの間にか?止めになり、同じアルミ材のディスク(円盤)がはめ込まれるようになった。

左が 6R-4S, 9R-4/42, ,9R-4J/42J & 9R-59/TX-88A前期、中央が後期、右が JR-60 & 9R-59D/TX-88D


リングとディスクとでは、アルミ材のピカピカ具合がかなり異なる。
因みに、リング付きのツマミは、6R-4Sから 9R-42Jまで使われていたモノと同じだ。それ故、引き続き 9R-59と TX-88Aで使われても不思議では無い。

カタログでも、CC-6を含め、リング付きのツマミが使われているのが分かる。
リング付きのツマミが分かる

しかし、ある時期から変更になったが、両方とも市販品らしく、秋葉原でも入手できた。

変更になった理由は、今となっては定かで無いが、製造元がサイズは同じだが、外観的に仕様変更したのではないかと推測する。

その後、トリオはこれに代わるツマミとして、純正のツバ付きタイプを量産化し、JR-60を始め 9R-59D、TX-88D などに採用した。

自分としては、リング付きのツマミの方が格好良い様に思うが、人それぞれかも知れない。


2016年7月25日月曜日

トリオの受信機 9R-59のパネル

1960年代半ば、訳あってトリオの受信機 9R-59を三台持っていた。
現在、そのうちの一台は親元に置きっ放し、二台目は遠い昔に親しい人へ譲った。三台目は色々な実験で手を加えた為、最後にはバラバラになり、今はパネルだけが残った。

チリメン塗装で、灰色と言うか?ライトグレーの様に見えるパネルで、どちらかと言えば地味っぽい。筐体も底板も同じチリメン塗装で一体感があった。

パネルだけは、開局当時を思い起こされる品であり、いつも手の届くところにある。
材質は、裏を返せば直ぐに分かるが、アルミの素地が今でもピカピカと光を反射している。

Siica Cardとのツーショット、9R-59のフロントパネル
表側だけチリメン塗装だ。
ちょっとザラザラしていて手触りは良くないが、汚れは目立たない。

しかし、何十年も手付かずでは、流石に往時の汚れが変色して目立つ様になった。
まず、水に潜らせ、使い古しの歯ブラシに食器用洗剤を付けて、軽くブラッシングしてみた。
予想以上に汚れが落ち、程々のところで水洗いした。

文字も、スッキリ、クッキリして、リーダビリティーも良くなった、正に59だ。

ところで、この文字だが、チリメン塗装をしてから、その塗装部分を文字の形に掻き取ることで、アルミの素地が露出しキラキラ文字として現れている。
だから、水洗いしても平気なのだ。

昔のことで推測だが、パネルの文字、いわゆるフォントは、Helvetica系の一書体しか無かったらしく、TRIOロゴの部分は苦労した形跡が見て取れる。

9R-59を買った時は、そんなことに気づきもしなかったが、いま思うに、往時では、それが精一杯の加工技術だったのかもしれない。

なお、パネルと同様に、筐体も底板も同じチリメン塗装だから水洗い出来るかもしれないが、こちらは鉄材だから、錆など防蝕には配慮が必要だ。

最後に、パネルも含め水洗いは自己責任であることをご承知頂きたいものだ。

トリオ、ビッグな TX-88Aの実体配線図

トリオの半世紀も前の製品、HF/50MHzマルチバンド送信機(TX-88A)に添付された実体配線図だ。完成品は無く、キットのみ発売された。

主要パーツは出荷時に取付済みになっていて、主にCRやリード線の配線作業を必要とする。
スキルがあれば、回路図だけで作業できるが、実体配線図は、完成品からその実体を写し取ってイラスト化し、その通りに作業すれば間違いなく完成出来ることになる。

印刷物としてのサイズは、横80cm、縱50cmと、かなりの大判で、比較の為にSucia Cardを置いて撮ってみた。

実体配線図(シャーシー内部のイラスト)
実体配線図(シャーシー上部のイラスト)

リード線の配線順序やCRの取付順序が表組みされていて、その一つ一つを確実に作業することになる。
工具として、リードベンチやニッパー、ドライバー、半田ごても必要。

不慣れな者には面倒な作業だが、その努力が完成度に影響するので、間違いない作業が要求され、動作した時の満足感は一入(ひとしお)だった。

トリオの 9R-59と TX-88Aのカタログ

トリオの半世紀も前の製品だが、 MW/SW通信型受信機(9R-59)と HF/50MHzマルチバンド送信機(TX-88A)のカタログを持っている。B5版の三つ折りで、当時は、どこのハムショップへ行っても置いてあり、ライトグリーンが印象的だった。

カタログ外側
カタログ内側

9R-59と TX-88Aのカタログだが、専用スピーカー SP-5と 50Mcクリスタルコンバーター CC-6も掲載され、それぞれの回路図まであった。

このカタログだけで、無線局に必要な機器は一通り掲載されている。つまり、これ一式さえあれば、憧れのシャックが完成するかと思うと、ワクワク感が一杯の時代だった。


2016年7月24日日曜日

トリオの 9R-59と TX-88Aの取扱説明書

トリオの MW/SW通信型受信機(9R-59)と HF/50MHzマルチバンド送信機(TX-88A)の取扱説明書が手元に有る。いずれも半世紀も前の印刷物ゆえに、汚れやシミ、紙質の劣化もあり、ページを繰るのも慎重にならざるを得ない。
9R-59とTX-88Aの取扱説明書

表紙に注目すると、社名ロゴの「TRIO」の形が異なることが分かる。

「9R-59」の TRIO は T と R のフォントにそれぞれ長い横線が付いているのが特徴的だ。
このロゴは春日無線工業時代に使われていたモノだ。

「TX-88A」の TRIO は、times系のフォントに似ていて、トリオ(株)に社名変更した1960年から使われ、1986年(30年前)、(株)ケンウッドへ社名変更に伴い廃止になっている。

つまり、「9R-59」は、春日無線工業時代の最後に製品化されている。
「9R-59」と「TX-88A」は、ほぼ同時期に製品化されていて、「TX-88A」は少し後、トリオ時代初の製品として扱われたようだ。

両方ともペラペラの説明書で、記述内容が通り一遍だったにも拘わらず、よくもこれでアマチュア無線が始められたものだと驚くばかり。
たぶん、多くがスキルの有るラジオ少年達だったから、説明不足も何のその、それぞれの知識が補い合って、アマチュア無線を楽しんでいたのだと推測される。
恐るべし、ラジオ少年達!

2016年7月23日土曜日

トリオの受信機 9R-59の系譜

戦後の七年を経て、1952年、五級スーパーに BFO/ANLを付加しただけだが、俗に言うオールウエーブ・ラジオとは一線を画すラジオが世に出た。

トリオが発売した通信型受信機 6R-4Sである。
受信周波数は、中波から短波までカバーし、戦時中は聴取が禁じられていた、海外からの短波放送の受信には持って来いの受信機だった。

それは、知る人ぞ知るだが、アメリカの同種のラジオ S-38とソックリ、正にパクリそのもの。それまで家庭にあるラジオと言えば、並四とか高一とかのオートダイン式で、安価だが性能もソコソコで、通信型受信機 6R-4Sのスーパーへテロダイン式は画期的だった。
それに直ぐに飛びついたのが、戦前からの短波受信の愛好者と漁業無線局、それとアマチュア無線局だった。

トリオの 6R-4Sは、その後、次々とモデルチェンジを繰り返し、その都度、販売数を伸ばしていった。

以下がその系譜だが、
1952年 6R-4S (受信周波数;0.55-1.6Mc, 1.6-4.8Mc, 4.8-14.5Mc, 10-30Mc)
1954年 9R-4  (受信周波数;0.55-1.6Mc, 1.6-4.8Mc, 4.8-14.5Mc, 11-30Mc)
1954年 9R-42 (受信周波数;0.55-1.6Mc, 3.5-7.5Mc, 7.0-15Mc, 14-30Mc)
1958年 9R-4J (受信周波数;0.55-1.6Mc, 1.6-4.8Mc, 4.8-14.5Mc, 11-30Mc)
1958年 9R-42J (受信周波数;0.55-1.6Mc, 3.5-7.5Mc, 7.0-15Mc, 14-30Mc)

基本的には 9R-42Jまで、以下の様に扇型のダイヤル窓が左右対称的に付いたデザインだった。

9Rシリーズの基本デザイン

しかし、1960年のモデルチェンジでは、そのデザインを一新した 9R-59が登場した。
フロントパネルの半分を占めるような横行ダイヤルが採用になり、周波数帶は 9R-4に先祖返りした。しかも、周波数微調のサブダイヤルも周波数直読になり、メインとサブのツマミが右側に揃い、使い勝手も非常に良くなった。

9R-59
完成品 33,000円、球無しキット 18,500円であったが、当時のアマチュア無線局に於ける必須の無線設備となり、トリオのアマチュア無線事業の確固たる礎を築いた製品となった。

その後、以下の様なモデルチェンジもあったが、時はSSB時代に入り、既に時代遅れの製品となってしまった。

1966年 9R-59D (受信周波数;0.53kHz-1.6MHz, 1.6MHz-4.8MHz, 4.8-14.5MHz, 10.5-30MHz)
1969年 9R-59DS (受信周波数;0.53kHz-1.6MHz, 1.6MHz-4.8MHz, 4.8-14.5MHz, 10.5-30MHz)