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2008年5月31日土曜日

久々に "オシロスコープ" の本を見付けました、

久しぶりに行った神田神保町の古書店で、前々から探していた技術書のヒトツ「テスタとオシロスコープ」が棚にあるのを見付け、思わず声にはならない声で "ラッキー" と言ってしまった。
この本は鈴木 昇 著/理工学社/1973/09発行の改訂版、初版は1961/10発行ですが、残念ながらこれは未入手です。
テスタとオシロスコープ
この私は、オシロスコープに大変興味を持っていて、"オシロスコープ" とタイトルが付いた和書を片っ端から蒐集しています。
オシロスコープは、エレクトロニクスに関わるエンジニアには必携の電子測定器で、簡単に言えば電圧の時間的変化をブラウン管を用いて、リアルタイムで目視出来る測定器です。

もっとも、最近はブラウン管ではなく液晶画面ですが・・・また、リアルタイムでなくても、デジタル変換して何度でも再現できるようになり益々便利になっています。

まぁ〜ここではそんな難しい話は別として、モノがモノだけに、この "オシロスコープ" とタイトルした書籍は数が少なく、現在、巷の書店にはありません。

東京でも大型書店の専門書コーナーで見掛けることがあったら、超ラッキーと思われるほどです。恐らく、いま書店扱いで入手可能なモノはたった二冊だと思います。

  
オシロスコープ
私は、このオシロスコープの歴史と製品としての改良改善の過程などに興味があり、昭和初期まで遡って出版された書籍の収集に掛かっています。
また、ネットを介してご連絡頂き、そんな書籍をわざわざお譲り頂いたことも何度かありました。
私の推定では、オシロスコープが日本に登場したのは昭和初期の頃で、その多くがアメリカやヨーロッパからの輸入品だったようです。

国産化が始まったのは昭和十年(1935)頃のことで、現在の(株)東芝の前身になる会社が国産第一号を商品化したようです。

当時NHKは、昭和十五年(1940)の(幻に終わった)東京オリンピックで、テレビジョンの本放送を実現させることで研究開発に邁進していました。その技術開発にオシロスコープは必須の波形測定器で、輸入品はもちろん、国内でもオシロスコープを製品化しようとする企業が多く現れたようです。

1940年、NHK技研が試作した直径30cmのブラウン管
余談ですが、
先週あったNHK放送技術研究所の一般公開の時に、当時のNHKが昭和十五年に試作したブラウン管が展示されていて、後日の参考の為に撮っておきました。
直径が30cmということで、テレビジョンに使われたら、画像が映る面を真上に向け配置し、その上に45度の角度で鏡を置いて、正面からその鏡を介してテレビ画像を視る構造になるようです。

残念ながら東京オリンピックは中止、世の中は戦時下へ突入し、テレビジョンどころではなく、電探(レーダー)開発のための測定器として、その多くが転用されたと聞いています。

それ故、オシロスコープに関する書籍も、この時期あたりから出版され始めたことが分かりました。なにぶん半世紀以上も前のことで、戦前戦後の混乱時期を挟んでいて、いま躍起となって古書を探しても、なかなか見つかるモノではありません。

それでも収集を始めてから八年くらいになりますが、現在、日本で出版が確認されている書籍の八割以上を集めた様に思っています。残りの冊数は少ないですが、現存しても数が少ないだけに、早々出会うチャンスは少なそうです。お他人様に良く言われてもせいぜい「資源ゴミ」程度ですが、私にはどれもこれも「お宝」以上のモノです。

以下に現時点で出版が確認されている書籍名を列記しておきます。
なお、☆は未入手
なお、現在では「オシロスコープ」と呼び名が定着していますが、時代により、シンクロスコープ、オッシロスコープ、オシログラフなどと呼称された時代もあります。



オシロスコープ入門(第10版)  CQ出版社 2007/08
☆オシロスコープ入門講座 小澤 智、佐藤健治 共著 電波新聞社 2005/04
オシロスコープのすべて 日本テクトロニクス著 非売品 2003/07
☆新オシロ・ロジアナ入門講座 電子計測技術教育研究会 編 電波新聞社 1996/08
新・オシロスコープ測定技術のすべて 高橋 徹 著 CQ出版社 1991/05
オシロ・ロジアナ入門講座  長谷川英一 著 電波新聞社 1990/04
はじめてのオシロスコープ 吉田 武 著 日本放送出版協会 1988/11
オシロスコープ活用法 トリオ 著 CQ出版社 1983/06
オシロスコープのすべて 岡田清隆 著 共立出版 1983/04
シンクロスコープ技術(第2版) 長谷川英一 著 オーム社 1982/10
オシロスコープ・マニュアル`81 ラジオ技術臨時増刊号 ラジオ技術社 1981/06
オシロスコープ利用技術 古市善教 著 オーム社  1980/11
オシロスコープ入門 ソニー・テクトロニクス 著  非売品 1980/11
シンクロスコープ技術百科 山川正光 著 オーム社  1979/07
☆オシロスコープとアナコンの使い方  エレクトロニクス教育研究会  日刊工業新聞社 1978/06
テスタとオシロスコープ(改訂版) 鈴木 昇 著 理工学社 1973/09
オシロスコープの回路技術  ラジオ技術選別縮刷版  ラジオ技術社  1973/05
波形観測(オシロスコープ・テクニック・ガイド)  ソニーテクトロニクス 編 ラジオ技術社 1975/06
シンクロスコープ技術 長谷川英一 著 オーム社 1974/11
シンクロスコ−プの取扱い方 宮本義博 著 啓学出版 1974/12
オシロによるカラーテレビ修理 松瀬 清 著 日本放送出版協会 1970/12
シンクロスコープ (新訂版) 関 英男 監修 日刊工業新聞社 1969/07?
シンクロスコープの使い方 塩路俊夫 著 東京電機大学出版局 1967/08
オシログラフの理論と取扱(改訂新版) 木谷芳一 著 電気書院 1967/09
新版 オシロスコープの設計と取り扱い 藤巻安次 著 誠文堂新光社 1966/04
シンクロスコープ(改訂版) 関 英男 監修 日刊工業新聞社 1965/12
わかりやすいシンクロスコープ測定法 塩沢政美 著 産報 1965/11
新版 アマチュアのオシロスコープ技術 榎並利三郎 著 オーム社 1965/02
☆シンクロスコープ入門 藤巻安次 著 誠文堂新光社 1964/12
シンクロスコープ (新版) 関 英男 監修 日刊工業新聞社 1964/02
実用シンクロスコープ測定 山口意颯男 著 CQ出版社 1964/??
☆高速度ブラウン管オシログラフ 藤高周平、有働竜夫 共著 オーム社 1963/??
テスターとオシロスコープ 鈴木 昇 著 理工学社 1961/??
シンクロスコープ 岩井喜典 著 オーム社 1960/09
シンクロスコープ (初版) 関 英男 監修 日刊工業新聞社 1959/10
オシロスコープの設計と取り扱い 藤巻安次 著 誠文堂新光社 1958/06
超高周波オシログラフ 大脇健一、中村 正、前田晴雄 共著 日刊工業新聞社 1958/03
アマチュアのオシロスコープ技術 榎並利三郎 著 オーム社 1954/09
オシログラフの理論と取扱 木谷芳一 著 電気書院 1954/07
ブラウン管及陰極線オシログラフ 泉川 清、岡 修一郎 共著 共立出版 1944/03
陰極線オツシログラフと測定 加藤利治 著 ラジオ科学社 1940/09
☆陰極線オッシログラフ高速撮影法 久保 進 著 工業図書 1940/??
陰極線管に依る諸測定(B) 木下隆博 著 共立社 1938/03
陰極線管に依る諸測定(A) 木下隆博 著 共立社 1937/07
陰極線オシログラフ 笠井 完 著 共立 1937/06



2008年5月10日土曜日

NECの「Bit-INN東京」があった秋葉原の「ラジオ会館」の変わり様は

1970年代から90年頃まで、いわゆるバブル期に成熟商品になったFMチューナーやアンプ、カセットデッキ、CDプレーヤーなど、かっての中古システムコンポをチューンナップして販売している店が秋葉原にあります。
数年前に施行された電気用品安全法(PSE法)に抵触すると、中古AV機器などの販売が問題視され、一時的に経営危機に陥った、ここのお店がマスコミに紹介されもしました。その後、紆余曲折を経て、結果的には、ビンテージ商品の再販に道筋が付き今も営業を続けています。

ラジオ会館は日本のパソコン発祥の地

久しぶりにその店を秋葉原駅前のラジオ会館に訪れたところ、四階から五階に移転していました。しかし、残念な事に火曜と金曜日が定休日でガッカリ。
余談ですが、アキバの電気街は昔々から木曜日が定休日でしたが、時が移り今は、昔からの営業形態を踏襲する一部の電子電機パーツ店だけになり、多くは年中無休になりました。

アキバ系ご御用達の店へ変貌?
それにしても、久々、このラジオ会館(通称ラジカン)に行ってビックリしたのはテナントの様変わりでした。
昔から営業していて店名をよく覚えていたのは、プロユースのマイク、コネクタ、PA機器のトモカ、中古オーディオの清進商会、真空管オーディオ、アクセサリのキムラ無線くらい。日本電気の「BIT-INN東京」は既に撤退、日本電気の大手代理店FIRST POINTも移転していました。

入れ替わってテナントになったのは、俗にアキバ系と呼ばれる方々が、ご御用達とするカラフルで派手派手しいお店です。
この現状を見れば「ラジオ会館」とは名ばかりの存在になっていると思わざるにはいられません。

昔を思い起こせば、「ラジオ会館」は日本のパソコン発祥の地です。日本電気(NEC)のコミュニケーションサロンとしての "BIT-INN東京" は (日本のマイコンブームの火付け役となった "TK-80" が登場した) 1976年に開設され、その後、NEC初代のパソコン PC-8001が発売された頃から店舗が拡張され七階の半分くらいのスペースを占有していました。

TK-80→TK-80BS→PC-8001という "マイコン" から "パソコン" に移り変わる時期に "BIT-INN東京" は貴重な情報の発信基地であり、アキバでのNECファンにとっての聖地ともいえる特別な場所で、私も足繁く通いました。

その後、日本電気に続いて、日立製作所、東芝、三菱電機、富士通などが、相次いでパソコンの販売拠点、ショールームを開設し、日本に於けるパソコン普及の原点になりました。

それから四半世紀にわたりパソコンの啓蒙活動を展開してきた 日本電気は、その使命を果たした?として、この地を離れました。それに呼応してか?多くのパソコンメーカーや電器商が撤退し、変わって、アニメやコミックブック店、模型店などが相次いでオープンし客層が変化しています。

もはや、ここは、パソコンオタクや元ラジオ少年が足を踏み入れづらい場所になり、歴史も由緒もある「ラジオ会館」は "庇を貸して母屋を取られる" の例えの如く、名ばかりのビルになる日もそう遠くないと思われます。

2008年3月23日日曜日

三十年以上前の "日本アマチュア無線局名録" を神田神保町で

久しぶりに行った神田神保町の古書店街。神保町の交差点からさほど遠くない店の前の路上に並べられた古本のなかに "日本アマチュア無線局名録(通称: Callbook)" があり、一冊引っ張り出してひとコマ撮っておきました。


それも三十年以上前に発行されたモノで、1974年版と1978年版の二冊です。
この当時は、JARL(日本アマチュア無線連盟)の会員、非会員に限らず、免許された日本のアマチュア無線局のほとんど全てが収録されていました。
それが、いつの間にか "JARL会員局名録" と名を変え会員のみの掲載になり、私的にはその利用価値も半減どころでは無くなりました。
それが更に、個人情報保護法の施行により、書店などでの販売も取り止められ、今年から、JARLから会員だけの頒布になりました。
そんな事もあって、古い局名録ですが使いようによってはマダマダ重宝することもあって希少本になりつつあります。二月の初めにも、1972年版と1974年版、1976年版、1978年版が一冊ずつあり、どれも三千円の値札が付いていました。今回のモノはソフトカバーが失われていてどちらも千円でした。まぁ〜内容には変わりありませんから、見てくれに拘らなければこれで十分でしょう。。
ちょっとだけ、自分の掲載ページや近所でアマチュア無線をやっていた仲間のページなど探し、暫し往時を懐かしく思い出しました。



コメント(アーカイブ)

はじめまして。
私は1974年の開局ですが、自分の開局時期よりも前の(=自分が掲載されていない)局名録を入手したいと常々思っていました。
BlueMacさんのBlogを拝見し、件の神保町の古書店にて1974年版と1972年版の局名録を購入してまいりました。
1972年版は、沖縄の各局はまだ「JR6」ではなく「KR8」という欄に掲載されているのですね。
開局当時お世話になり、すでに故人となられたローカルのOMさん達のお名前を見つけたりで、局名録を開きながら、しばし34年前に思いを馳せてしまいました。
Posted by  hamlife at 2008.3.25 18:21:09
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お役に立ったようで他人事ながら嬉しく思っています。
私のプロフィールとハム歴の一部はこのブログにもありますので既にご承知かもしれません。現在は開局以来四十五年目ですが、既に再免許申請も受理され、はやばや次の五年間の無線局免許状も届いています。
今回は局名録の繋がりでのご縁ですが、私も局名録はいくつか持っていまして、CQ出版社発行の初版本もあります。昔は無線設備や趣味に至るまで掲載されていて、お一人お一人のプロフィールが伝わってくるような印象があります。
アマチュア無線のネタでは、私のホームページのコンテンツのヒトツとして、以前は、トリオのコイルに付属していた説明書の実寸大の画像やキットの実体配線図、カタログ、トリオラジオクラブなども掲載していましたが、勝手に商用利用された事が分かり、当該ページについては、当分の間は非公開としました。いずれの時にか形を変えて公開できればと思っています。
MNI TNX HANA OM ES GL.
Posted by  BlueMac at 2008.3.25 22:34:40
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2008年3月7日金曜日

再免許申請をしてから二週間、やっと 無線局免許状 が郵送されて来た

「無線局免許状」が郵送されてきました。今回は、免許の日付が数ヶ月異なる、固定局と移動局の両方を同時に申請しましたが、同時に再免許されました。
九段第三合同庁舎にある関東総合通信局の無線通信部陸上第三課へ申請書類を持参してから二週間足らず、ひと昔も前なら「お、お、早いなっ・・・」と思ったかもしれません。
無線機に貼付するシールが同封された移動局(左)と
固定局(右)の免許状
アマチュア無線局の免許有効期間は五年間で、期間満了一ヶ月前までに、従前と全く同一内容の申請に限り、再度、五年間有効の「無線局免許状」が発給されます。

現在の免許状と新規に発給された免許状と、どこが異なるかと言えば、「免許の年月日」と「免許の有効期間」が五年先になること、つまり、日付の書き換えだけ、他の記載事項は同一なので審査は不要なんです。

この「無線局免許状」の記載事項自体は全てデータべース化されているので、その場で、新しい「無線局免許状」が貰えても不思議の無いことだと思います。しかし、何でこれだけの事に二週間も要するのか?典型的な「お役所仕事」と言っても言い過ぎでは無いと私は思います。

地元の区役所あるいは市役所で、住民票や戸籍謄本だって、十分も待てばその場で入手出来るのに、何故、そんなに時間を要するのでしょうか?私企業がこんなノンビリしたやり方をしていたら、競争に負け倒産でしょうね?

数日前にテレビで視た番組で、構築に150億円を要した、住基ネットを利用している人は全国民の数%、もっと利用できる範囲を広げる為には更に何億円も掛かるとか? 逆に、多くの国民が、この住基ネットを必要に感じていないし、利用しない事で不利益になるとも思っていないようでした。

同様に、この再免許申請もインターネット経由による申請(電子申請)が出来るのですが、利用する人はほんの僅か。システム構築にどれほどの税金が使われたのか? ただただ、業者に儲けさせただけの事になってしまっているように思われます。

2008年2月20日水曜日

北の丸公園に近い、関東総合通信局へ九回目の再免許申請に行ってきました

東京メトロの大手町下車、地上に出ると三井物産と三井生命ビルの間でした。そこから皇居の内濠に沿って九段下の方へ歩くと、右手に気象庁、東京消防庁と続き、やがて丸紅から毎日新聞社の前を過ぎると目指す九段第三合同庁舎が見えてきました。

九段第二合同庁舎関東総合通信局 無線通信部 陸上第三課は22F
手前は清水門
数年前まで、その手前の九段第二合同庁舎に月一回の割で用事があり通っていて土地勘はありました。その頃は、この九段第三合同庁舎は工事中で、大きなビルの出来ることは承知していましたが、ここに関東総合通信局が大手町から移転してくるとは思っていませんでした。

九段第三合同庁舎ですが、下層の三分の一ほどが千代田区役所本庁舎として使われていて、関東総合通信局は二十二階、二十三階にありました。無線通信部陸上第三課は二十二階にあり、高速エレベータで一気に到着。
完成から未だ一年も経っていないので中はピカピカ、たまたま通路を歩く人も居なくて恐る恐る一番奥のドアから室内へ入りました。ロッカーの間から大勢の人が黙々とデスクに向かっているサマが垣間見え、正面のコールボタンを押すと直ぐに係官が出てきました。

黙って、申請書の入ったJARL(日本アマチュア無線連盟)のロゴ入り封筒を見せると、すかさず「こちらへ」と奥のテーブルへ導かれました。
挨拶もそこそこに申請書一式を渡すと、いったん奥へ消えました。おそらく、関東総合通信局の元データとの照合に行ったのだと思います。

ややあって再び現れ「結構です」っと、私が持参した受理のお知らせ用の返信用ハガキに「受理」の押印をしてくれました。この間、待機時間も含め五分ほどで、呆気なく九回目の無線局再免許申請は終了しました。
多少緊張していたのか?喉も渇き、下りのエレベータも食堂と売店のある十階で降り、ドリンクとスナックなどを買い暫し休憩しました。

この九段第三合同庁舎の真ん前には内濠に架かる清水橋があり、その向こう岸は北の丸公園です。左手には科学技術館、右手には日本武道館が間近に見える場所で、春には大きな枝振りの満開の桜が楽しめる景勝地にもなります。

2008年2月16日土曜日

関 英男さんの著書「シンクロスコープ"」の 増訂版 を見つけた

オシロスコープの解説書では草分けの関 英男さんの著書「シンクロスコープ」は、昭和34年(1959年)から昭和54年(1979)頃まで増補改訂を繰り返してのロングランを記録しました。
この種のジャンルでは、異例のベストセラーとして四半世紀にわたり、理系の学生を始め産業界の電子電気の技術者にも読者は多かったと思われます。

関 英男さんの著書「シンクロスコープ」各版
内容的には、某オシロスコープメーカの全面的なサポートで仕上がっていたこともあり、初心者にはかなり敷居の高い解説もありました。しかし、その反面、これ一冊あればオシロスコープの事は何でも分かるような記述で、技術者の座右の書にもなっていたようです。

ただ、今から思えば、真空管式オシロスコープとして執筆されていて、世の中が半導体時代に移行していく段階で、それに追従することなく絶版になりました。

私は、このオシロスコープに大変興味を持っていて昭和初期から今日に至るまでに日本で出版された「オシロスコープ」とタイトルが付いた書籍を収集しています。

昔々は「陰極線管オッシログラフ」とか「ブラウン管オッシログラフ」「オッシログラフ」、戦後では「オシロスコープ」「シンクロスコープ」など各社各様、色々な名称が付いていました。
しかし今は「オシロスコープ」に統一されました。

そんなバラバラなタイトルの書籍ですが、私自身は、日本で出版された「オシロスコープ」とタイトルする書籍のうち、九割くらいは収集したのではっと?と思っています。
今日、たまたま神田神保町の古書店で、関 英男さんの著書「シンクロスコープ」の初版本に似た装丁のモノを見つけ、躊躇いも無く買ってしまいました。

帰宅後、私の所有する昭和34年発行の初版本と見比べたところ、これは翌年に出た増訂版であることが分かりました。私自身、初版本の次は新版と称する昭和39年版までは増補改訂版は無いと思っていただけに、これは貴重な一冊になりました。

画像では、三冊の赤本の右端が初版本、真ん中が今回ゲットした増訂版、左端が新版です。青本は昭和40年発行、黄緑本は昭和53年発行の新訂版で、何年かの間をおいて増補改訂があり、初版本は286ページでしたが、新訂版では381ページと厚くなり、価格も初版本は500円でしたが、最後には2600円にまでなっていました。

それにしても二十年余の永きにわたり、内容を常にその時々の最新のモノに書き替えようとしていた関 英男さんのご努力にはただただ頭の下がる思いです。

2008年2月15日金曜日

アマチュア無線局用再免許申請書類の作成は、とても簡単になった

先日買ってきた無線局再免許申請用の用紙一式の入った封筒を開封してみました。
因みに価格は360円。

その中身は、
●アマチュア無線局用再免許申請書類の書き方
●無線局再免許申請書
●電波利用料の前納について/前納申出書
●再免許申請書類受理のお知らせのハガキ
●送付用封筒
●返信用封筒
無線局再免許申請用の用紙一式

私は直接、千代田区九段南にある関東総合通信局へ持参する予定ですが、以下のように書類を整えます。まず、"無線局再免許申請書" ですが、住所、氏名の他、現在の無線局免許状から以下の事項を写し取ります。

免許の番号
識別信号
免許の年月日
免許の有効期間満了の期日

以前は必要だった "無線局事項書" と "工事設計書" は、添付する必要が無くなっています。その他は、従前通りのモノで、

電波利用料前納申出書
再免許申請書類受理のお知らせのハガキ
新しい無線局免許状の返信用封筒

以上です。
忘れてはいけないのが、無線局再免許申請手数料としての収入印紙 3,050円分を無線局再免許申請書の所定の部分へ貼付する必要があります。ただし、それへ割り印をしてはいけません。それと返信用封筒に80円切手を貼付します。

これだけの準備が出来たら、これら一式を持って関東総合通信局の無線通信部陸上第三課へ行きます。担当の係官に直接書類一式を手渡し、その場でチェックして貰い、誤りがあればその場で訂正、無ければその場で受理の印をハガキに押印して貰います。これだけ済めば、後は免許満了日前までに新しい無線局免許状が送られて来るのを待つだけです。



コメント(アーカイブ)

コメントと言うより質問なのですが申請書に添付する収入印紙とは郵便局に売ってる収入印紙の事でしょうか?
Posted by  田中 at 2010.2.8 19:20:46
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国庫収入となる租税・手数料などの収納金の徴収のために財務省が発行する証票がいわゆる収入印紙で、郵便局や法務局(登記所)などで購入出来ます。
Posted by  BlueMac at 2010.2.8 21:01:30
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2008年2月13日水曜日

中波も短波も、BCLには、やはりアンテナに負うところが大きい

中波や短波による遠距離受信、いわゆる、遠くからの中波放送や海外からの国際放送を聴く、BCLブームがあったのは今から三十年ほど前になります。

そのブームは五年間くらい続いたでしょうか?市販のBCLラジオも家電大手の各社が競作し、ドンドン性能もアップ、ブーム当初では想像も出来なかったほど高性能のモノが次々と出揃いました。
ICF-SW7600GR
しかし、ブームが頂点に達したか?と思われた1980年代初め頃、線香花火が最後の一瞬に大きく輝き消えるサマに似て、このブームは収束してしまいました。

それから四半世紀が経ち、リバイバルの兆候は定かではありませんが、根強いファンは居るようです。

今では市販されているラジオも、松下電器とソニーが多くのシェアーを占めていますが、長波、中波、短波放送を聴ける "BCLラジオ" と呼べるモノは、ソニーの "ICF-SW7600GR" だけと言っても過言ではありません。
それも、BCLブーム時代のラインナップと比べれば中程度のランクで、欲を言えば、もう一つ上のクラスが欲しいところです。
無い物ネダリは無意味ですが、今はこの "ICF-SW7600GR" で聴いています。

在京のFM放送は東京タワーから近いところなので文句なし、中波放送も東京の局は良好に受信できます。ただし、鉄筋構造の集合住宅のためか?短波放送は雑音だけでNSBも含め全く駄目。
BCLを志す者としては、中波での国内遠距離受信や海外から送信されている短波放送を必至の思いで聴く為の努力しています。


電波を良好に受信する為には、一にも二にもアンテナの性能が物を言います。室内にビニール線を引き回しても、ある程度は受信の感度が上げられると思います。しかし、アンテナは本来、周囲に広い空間の存在が不可欠です。とは言っても、住宅密集地区では、大きなアンテナの架設は隣近所の手前からも難しかったりします。


それで、今はソニーのBCL用のアンテナ "LW/MW/
SWワイドレンジアンテナ AN-12" を試用しています。隣近所と接近している家とかマンション住まいで、大きなアンテナを上げたくても上げる場所が無いとか、そんな時にコレを窓際に設置してみたり、ベランダの手すりに付けられれば、感度はグ〜ンとアップします。

AN-12
私は、家族の目もあまり届かない、エアコンの室外機の支柱に取り付けました。付属のケーブルは12mなので、室内での引き回しも考慮しての場所決めになります。
付属のアンテナは三段階に伸縮出来るロッドアンテナですが、もちろん全部引っ張り出して全長1.5mの状態で使用します。

このアンテナで拾った電波は基部に有る広帯域アンプでおそらく約20dB(約10倍)程度に増幅し、ラジオの方へその電波を導いている様に思われます。
ですから、長波、中波、短波の感度を簡単にアップしたいと思っておられる方にはお奨めかもしれません。ただし、FM放送には非対応です。
国内の中波放送でも東京から北海道や九州までの大電力局の殆どが大なり小なり聴こえます。

また、今まではノイズしか聴こえなかった短波放送も、NSBやRadio Japanをはじめ海外からの賑やかな音楽やニュースが受信出来る様になりました。


"ICF-SW7600GR" は、このアンテナをダイレクトに接続できますが、他のアンテナを繋ぐことは禁止らしいです。この "EXT ANT" には、ソニー純正の外部アンテナ用に直流電圧が掛かっている為のようです。

他のラジオ用には、同梱されているアンテナカップラーを使うことで、同様の効果が期待できます。アンテナカップラーをラジオに近づけて、その向きや位置を変えると良好に受信できます。

窓から遠い部屋の中では指向性が顕著になることがあり、私は過去に何度も修理して今日まで延命している "ICF-7600" で、NHKのラジオ深夜便を聴く時に使っています。これを近づけるだけなので、ラジオ、ステレオコンポ、ラジカセなど、機種を選ぶことなく使えてある意味、便利です。

AC-E90M
中波や短波放送を聴きたい人、AMのノイズで困っている人には救いになるかもしれません。中波の感度アップにミズホ通信から発売されている大型ループアンテナ(UZ-8DXS)もそれなりに効果はあると思いますが、回転させたりするので、物理的に設置場所や大きな空間を必要とします。狭い部屋では、その取り扱いは厄介かもしれません。

それに比べて、こちらは長波から中波、短波までカバーしていて使い勝手は良いと思います。
単三乾電池四本を使用しますが、BCLを始めると長時間になり、私の場合は一週間は持ちません。

それで、秋葉原へ行ったついでに9VのACパワーアダプターを買ってきました。ACパワーアダプターって、多くの場合は付属品として製品に同梱され、単体で購入することが無かっただけに、値札の数字を見直したほどでした。それでも、AC使用になって聴いても聴かなくてもスイッチオンの時が多くなり、昼間はFM、夜は、MWとSWを聴く時間が長くなりつつあります。

2008年2月9日土曜日

巣鴨駅近くでは、ひときわ目を引くアマチュア無線用のアンテナです

巣鴨へ行った帰り道、ワタシ的には「スガモ」と言えば、CQ出版社と日本アマチュア無線連盟(JARL)、それと、とげ抜き地蔵で有名な高岩寺です。

日本アマチュア無線連盟のアンテナ
それで、当初の用事を済ませてから、山手線の線路を挟んで向こう側にある地蔵通りへ向かいました。

下世話には、お婆ちゃんの原宿と言われる、この地蔵通り商店街。何時になく賑やかでジイちゃんバアちゃんが大勢行き来していて、なるほどと感心しましたが、そお言う自分もその仲間内かと?思うと少々ウンザリ・・・紫煙の絶えない境内を一周してそそくさと表通りは戻ってきました。

昼時を少し過ぎていましたが、マグドナルドで小休止と思い入りました。
店内にも多くのジイちゃんバアちゃんいて、なかには、ホットドリンク(お茶)を片手に、自宅から持ってきた?煎餅やクッキーなど食べていて、バーガーなど二の次の様にも見えました。これも、巣鴨と言う土地柄だけに、店の方も黙認状態?とか聞いたことがありますが・・・

巣鴨駅まで戻ってきて、ビルの間に見えるアンテナが気になり、ひとつ写真にでも撮っておこうかと、見上げる様な場所まで行ってみました。

CQ出版社のアンテナ
駅に近い方が、日本アマチュア無線連盟のアンテナ(上の画像)で、小さなビルの屋上にギッシリと列んでいます、その向こうが、CQ出版社のアンテナ(下の画像)です。
今日は青空に恵まれアンテナ自体もクッキリと見えていて、遠目ながらどんなアンテナなのか?識別出来そうなお空の様子でした。

2008年2月8日金曜日

"TSS" は文京区千石の閑静な住宅地にヒッソリと

私のアマチュア無線局の無線局免許状の有効期間が年央に満了しますが、その前に記載事項の一部について変更する積もりでいて、その処理の仕方についてTSS(株)へ相談に行ってきました。
"TSS" は、アマチュア無線局の開局申請や変更申請の保証業務を総務大臣から公示された会社です。
最寄駅はJR山手線巣鴨駅で、日本アマチュア無線連盟(JARL)やCQ出版社からも近く、駅から歩いて十分も掛からない文京区千石の閑静な住宅地にあります。
一見すると、小さなマンション風の建物の一階部分で、"TSS" の看板が無いとウッカリ通り過ぎてしまいそう。ここを訪れたのは三度目、数名の社員で全国から送られてくる申請書類を処理しているようです。
今回も質問事項をあらかじめ整理して行ったので、思ったより早く用事が済んでホッとしました。帰り際に、「忙しいですか?」っと聞くと「誤記や書類の不備など、問い合わせに時間を取られて・・」と、苦笑いしていました。
その後、巣鴨駅の方へ戻りながら、CQ出版社の出版物の直売所へ立ち寄り「再免許申請書」と「トランジスタ技術 SPECIAL No.99」を買いましたが、直売所も巷の書店と同じ定価?でした。